10年経っても毒親の言葉に支配されつづける人のことを創作しました。
1
ベッドに潜り込んだA子に眠りは訪れそうになかった。
その日、つきあって2年になる恋人に言われた。
「今度、うちの両親と食事に行こうよ」
目をつぶって恋人の言葉を反芻するにつけ、A子が思うことはひとつだった。
(イライラする……!)
なぜだろう?A子は自分の感情を不思議に思った。
恋人のことは大好きなのに、なぜ。
2
ある声が耳の中でリフレインした。
「ーー嫌だな、ってーーA子みたいーー似てるーー」
その声を認識した瞬間、A子は発作的に枕を数発殴った。無印良品の枕は手ごたえもなく、殴り甲斐がない。
恋人の言葉を聞いてからというもの、この『声』が通奏低音のようにA子の心で鳴り響いている。合点がいった。
(ああそうか。私がイラついていたのは恋人の言葉じゃなく、この『声』に対してなんだ)
3
10年前、A子の弟、Bが20代前半で結婚した。現代の基準では比較的早い年齢における結婚であり、友人たちには「Bくん、できちゃった婚?」と聞かれたものだ。
(が、それはどうでもいいんだ……。弟がいくつで結婚しようと、どうでも……。2人が幸せなら。)
A子は思う。
そう、結婚じたいはどうでもいい。A子が気にしているのは、弟の結婚前に行われた両家顔合わせの食事会のときに発された、母の言葉である。
10年たってもA子の心に消えずにくすぶり続けている件の『声』。
10年前、とあるレストラン
その日の食事会はとあるレストランで行われた。メンバーはBのフィアンセのご両親とお姉さん、B、A子とA子の両親だ。
母はA子だけに聞こえるように耳元で小声で言った。
「あの人が"かのじょ"かと思って、嫌だったのよ。あの人スラっとしてて、A子みたいな雰囲気だったから。大学出てから海外で仕事してたんですって。けどあの人"かのじょ”のお姉さんだった、よかった。」
4
今思い返すだに、クッソムカつく。
A子は寝返りを打った。
そのときなにも言い返さなかったことが、10年たっても悔やまれる。けど、めでたい食事の席で騒動を起こすのは嫌だった。A子には、母の言葉を無視して平然を装う以外選択肢はなかったのだ。
5
恋人のご両親に初めて会うかもしれない、という局面になりA子は認めるしかなかった。10年前のあのくだらない言葉に自分がいかに支配されているかということに!
(恋人の両親に会ったら、『A子さんみたいな人、嫌だわ』って思われるんだ、きっと……)
ある瞬間、そう思う。しかし次の瞬間、思い直す。
(いや、いやいや。母親の呪いに負けてはならない……自分に自信をもつのよA子)
心の中の天使と悪魔が争ってるみたいだ。じっさいには「呪い」と「理性」が戦っているのかもしれないけど。母のつまらない言葉ひとつを長年、ひきずっていることが情けない。
(むきーー!)
ベッドの中、A子は歯ぎしりするしかなかった。