『失職女子。』の著者がツイッターやブログで噛み付いている?

「『失職女子。』の著者がツイッターやブログで噛み付いている。」

的なコメントをいただくことがあります。

「噛み付いてる」とという言葉がなにを示しているかまずは共通認識がないといけませんね。噛み付いてるって、こういうツイートのことでしょうか?

 

もしくは、このエントリー(以下、エントリー①)や、このエントリー(以下、エントリー②)のような状態をおっしゃっているのでしょうか?

そうだという仮定に基づいて、すこしご説明いたしますね。

 

もとのツイートを貼っている理由

エントリー①では、もとのツイートをブログに引用させてもらっています。ツイートを書いた人を晒したいからではなく
生活保護受給をオープンにした人間には、このようなコメントが実際に寄せられます」
ということを示したかったからです。※とはいえ、最近急にこのブログのPV数が増えてしまっているので、エントリー②のように文言コピペに修正するかもしれません。

 

エントリー②にも、もとのツイートを最初は貼っていました。けれどこの記事は拡散されすぎてしまったので、ツイート文言のコピペに修正しました。

 

私のブログは生活に困っている人に向けて書いています

私のブログは自分の吐き出し用ですが、読者も想定しています。

「失職などで生活に困っている人」や「生活保護を申請しようか迷っている人」に読者になってもらえたらいいな、と思って書いています。

 

このことは、私がブログを書く上で一番大切なことです。

 

生活保護をバッシングしたりチクチク皮肉を言っている人たちとの応酬の場を提供するためにこのブログを維持しているのではないのです。

 

生活保護というワードに対して脊髄反射的に書き込まれるコメントをシェアする意義

ではなぜ、エントリ①、②のように書き込まれたツイートを紹介するかというと、「生活保護というワードに対して脊髄反射的に書き込まれるコメントにはこういうものがありますよ」とブログの読者とシェアすることに、私は意義があると思っているからです。

 

なぜなら、生活保護に対して、今ものすごく世間の風当たりが強いですよね。それが怖くて生活保護申請をためらってしまう方もいるのではないでしょうか?

 

そんな方が、私のところに寄せられたコメントを見ることで、どのような反応があるかある程度予想がつくことで
生活保護申請は検討してるけどバッシングが怖い……」
という不安が、ほんの少しでも解消されないかな?と願っているからです。

 

目に見えない脅威のほうが、往々にして、怖いじゃないですか。目に見える形になれば
「なーんだこんなものか」
と思うことが多いのが世の常ではないでしょうか。

 

とはいえ、貧困にまつわる諸々は本当に辛いし、とてつもなく大きな不安は、こんなことでは簡単に解消されないことは分かっているのですが……。

 

私個人に対する書き込みに対しては何も言うことはありません

一方的に何かを書き込まれても、その内容が私個人に対する事柄であれば、私は何も返信することはありません。

 

大和彩には感謝の心が足りない」

「大和彩なんか大嫌い」

などと書き込まれたとしても、それは書いた人のれっきとした意見です。私は、その人の意見を尊重します。だから私には何も言うことはありません。

 

 

失職して再就職が困難な人や生活保護受給者に対する誤解に対して正しい情報を提供したい

どのみち、書き込まれるコメントには、私個人や『失職女子。』という書籍に関する事柄はほとんどありません。

 

圧倒的な数で寄せられるのは、失職して再就職が困難な人や生活保護受給者に対する誤解に基づく一般論としての言葉たちです。

 

書き込んだ人に正しい知識がないせいで生じている誤解も、多く見受けられます。

 

そういう一般論としてのコメントが、間違った情報に基づいているならば、
「いえいえ、実際にはこうなんですよ」
と情報提供するのも大切なことだと思うのです。

 

誤解が誤解のまま言葉としてネットに漂い続けることは、とても危険なことだと思うんです。

 

けれど、誰も正しい情報なんか提供してくれない。だから自分で書き込むしかないです。

 

それが「噛み付いてる」と言われる行為なのであれば、それはそれでしょうがないことだと思います。