無職になって猫の白ちゃんに慰められた話

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 今日、私は会社をクビになった。

 

 昨日まで、私は普通の「会社員」として存在していた。

 

 けれど今日から、もう私は「会社員」ではない。

 

 私は何になったんだ?ああ、「無職」か。

 

 昨日の「会社員」だった私と、今日の「無職」の自分。中身は同じ人間でも、まったくの別人になってしまったような気がする。

 

 会社からの帰り道、時間は深夜だった。ふと立ち止まって、自分の着ている黒いコートを見下ろした。ポケットがほつれている。こういうところから、自分が無職だと全世界にバレてしまうのだろうか。道を歩いているだけで

 

「あっ、あいつ今日クビになったやつだぞ!」

 と糾弾され、石でも投げられるんだろうか。

 

 そんなばかばかしい考えに頭の中を占領されるくらいには、私は混乱していた。

 

 クビの理由は、「特にない」と言われた。そのことが、私の混乱を一層深めた。

 

 街灯もまばらな裏道を一人暮らしのアパートに向かって呆然と歩く。白くて暖かいものが私の足元にすりよってきた。

 

「ケケケケッ!ケケケケッ!」

 馴染みの地域猫、白ちゃんだった。ご近所の人間たちとの付き合いは全くない。白ちゃんんはだから私の唯一の「ご近所さん」でもあった。

 

 白ちゃんは、私が会社から帰ってくると、いつも「ケケケケッ!」となきながら出迎えてくれる。白ちゃんは「ケケケケッ!」と陽気にしゃべりつつけ、私は無言で白ちゃんのおしりのあたりをポンポンたたく。それが私たちのコミュニケーション方法だった。

 

 このアパートに引っ越してきてから、はや数年。「おしりぽんぽん」は平日の夜の儀式のようになり、これを通じて我々は友情を育んでいった。

 

 

 食べ物のやり取りはなし。白ちゃんに限っては、却って迷惑になるから。*1

 

 その夜は、めずらしく、私もしゃべった。

 

「白ちゃん。私、クビになっちゃった。」

 白ちゃんは、私がクビになったことを報告できる唯一の相手だった。

 

「あのさぁ、私、昨日と顔、違ってる?私、昨日と今日では、全然違う人間になっちゃったのかなぁ?」

「おんなじだよー!」

 白ちゃんはにこにこ私を見上げながら、言う。

 

「あんたはきのうのよる、おしりぽんぽんした。おとといも、そのまえのも、そのまえもまえも、おしりぽんぽんした。きょうもぽんぽんする。だから、あんたはおんなじひと!」

 

 白ちゃんがそう言ってくれている。

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 ……と、私は思い込もうとした。

 

 実際には白ちゃんは「ケケケケッ!」とひっきりなしにおしゃべりしながら私の顔をみあげ、すりすりしたり、ころんころんするのに忙しい。猫語翻訳すれば恐らく「おしりぽんぽんして!」以外,白ちゃんは言っていない。

 

 でもその様子に昨日までとの違いは一切なかったのは確かだ。そのころ私は会社で村八分にあっていたし、挨拶しても誰にも返してもらえなくなっていた。

 

 だから白ちゃんの態度が昨日と全く変わらない、そのことがどれほどありがたかったか。

 

 涙がぼたりと、白ちゃんの毛皮におちた。

「あっ、ごめん!」

 

 こんなことで被害者気取りに泣くなんてまっぴらだ。その不本意な水分を拭き取ろうとしたけど、またたくまにそれはもふもふした毛皮に吸い込まれてしまった。

 

 水分が自分の体にかかっても一切気にかけず、いつも通りに白ちゃんは「ケケケケッ!」と上機嫌でしゃべり続ける。私は、無言で彼女のおしりをたたき続ける。ポンポン、ポンポン。

 

 白ちゃんが、今夜も私のことをみつけてくれた。それだけで十分だ。

 

 

 私はこれからも生きていける。

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 ……と、私は思い込もうとした。

 実際にはその後、なんども死線をさまよった。けど、白ちゃんには今でも感謝している。それは、事実だ。

 

 

 

( 2014/11/14 の記事を加筆修正)

*1:別の猫が白ちゃんのなわばりにはいってきて喧嘩になるし、白ちゃんにはちゃんと餌やりさんがいらっしゃるようだった(ふっくらして真っ白だったし、なんなら飼い猫だった可能性も高い)、などなど