姫様は、自分の部屋の冷たい床にうずくまっていました。暖炉は使ってはいけないことになっていたので、姫様の部屋は真っ暗で、冷え切っていました。
かじかんだ指にはーっと息を吹きかけて温めつつ、姫様は考えました。子猫のことを思い出すと、のどに大きな石が詰まったようでした。
私が笑顔になると、王様は、その元を地下室に閉じ込めてしまう。私のせいで、動物が死んでしまう。こんなことは二度と嫌だ、と姫様は思いました。
「そうだ。」
姫様に、いい考えがひらめきました。
「私は、これから笑顔になるのをやめよう。笑顔にならなければ、王様は私から何も奪えない。私はこれから真顔で暮らそう。」
「その代わり、」
姫様はつづけて考えました。
「私の心と頭の中は、自由だ。心と頭の中にあるものは、王様にも王妃様にも王子にも、誰にも奪えない。」
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そう考えたお姫さまは、真顔のまま、お城での暮らしを続けました。
寺子屋にも毎日真顔で通いました。そして、真顔で沢山本を読みました。真顔のまま、頭の中を読んだ本の言葉でいっぱいにして、真顔のまま、それらを心で味わいました。
真顔でいることにさえ気をつければ、心と頭の中にあることは、だれにも悟られることはありませんでした。
無駄な争いを避けるために、寺子屋の先生や村人から時々もらうお菓子は、全部王妃様と王子にくれてやりました。
そのように日々を過ごし、8年の歳月が流れました。18歳の誕生日を迎えた日、姫様はちっぽけ城を出て行くことを、王様と王妃様に、告げたのでした。
隣村の隣の王国よりも、もっと遠いところにある王国にある大学校から、合格通知のお手紙が届いたからです。これからは、大学校に通いながら、寮で暮らすのです。
王様は、笑顔を盗む相手がいなくなると困るので、姫様を止めました。
王妃様も、村からお菓子をもらってくる人がいなくなると困るので、姫様を止めました。
王子は、口の周りに屑をいっぱいくっつけたまま、お菓子をばりぼり食べ続けていました。
「出て行くなんてお前は最低の人間だ。お前には城の財宝はひとつもやらん。大学校に行くのは許さん。お前はこの城をめちゃくちゃにする気かっ!」
そう言って、王様は、赤茶色く錆び付いた剣を抜いて姫様の喉元につきつけました。
姫様は真顔で言いました。
「そうですか、王様がそう思われるのは残念です。けれど私は財宝もお菓子もいりません。私はもう決めたのです。では行きますね。」
姫様は王様と王妃様と王子にくるりと背を向けて、大広間を抜けました。城の扉をぎぃ……と開けた瞬間、右肩に嫌な衝撃が走りました。ボロボロに欠けてなまくらな剣が、姫様の肩に不器用な傷をつけたのでした。
けれども姫様は、真顔を崩すことなく、そのままちっぽけ城の外に出ました。ちっぽけ王国から隣村へ、そのまた隣の王国よりももっと遠いところにある王国へと続く小道が、月明かりに照らされて、姫様の前に白く浮かびあがって見えました。
姫様はひとつ大きく深呼吸すると、血が吹き出る右肩を押さえながら、真顔でその小道を歩きだしました。一歩進むごとに、痛みが薄れていき、月が東の空に沈むころには、姫様の顔にはうっすらとした微笑が浮かんでいました。
めでたし めでたし
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