盗み食いしている瞬間が一番輝いている猫さん

猫シェルターでトイレ掃除の作業をしていたときの話。

そのシェルターには猫さんが75匹ほど宿泊しています。75個のトイレを掃除し終わり、床の掃き掃除と拭き掃除が終わると、猫さんたちがケージから出て自由に部屋で遊べる時間です。

 

自由時間になるや、まちかねていたようにケージから飛び出すと、一目散にトラ猫のいるケージに駆け寄っていく白黒の猫さんがいました。彼女はケージに近づくと、後ろ足でおもむろに立ち上がりました。そしてトラ猫さんの残した猫カリカリをケージの隙間から差し入れたおててで上手につかみ、次々と口に詰め込み始めました。

 

白黒猫さんは、ひょいひょいとカリカリをおててにつかんでは、どんぐりをほっぺたに詰め込むリスのように顔全体でほおばっています。白黒猫さんがうれしそうにカリカリを噛み砕く音が部屋にひびきました。

カリカカリカリ……」

もう、他の何も目に入らない!という勢いでカリカリを口に詰め込む白黒さんの表情は、喜びに満ち溢れていました。

 

いわゆる「盗み食い」の現場です。けれど盗まれる側のトラ猫さんは

「オレもうおなかいっぱいだから、それ食べたいなら食べれば」

とでもいう風にケージの中で知らん顔をしています。

 

ひょいと見ると、白黒猫さんのケージには、彼女が盗み食っているのと全くおんなじカリカリが、まだお皿に沢山残っているのでした。けれど彼女の盗み食いの勢いには、いろんなことを納得させる力強さがありました。

 

「うむ。隣の芝は青いとはまさにこのこと……きっと他の猫のケージ越しに食べるカリカリのおいしさにはかなわないのだろう」

 

イキイキと盗み食いをし、食を謳歌する白黒猫さん。彼女の盗み食っているカリカリは、この世のどんな食べ物よりも美味いに違いありません。

一心不乱に自分のものではないごはんを口に詰め込む白黒猫さんの姿は、ものすごく楽しそうで、輝いていました。

ここ数年で、この盗み食いをする白黒猫さんほどの輝きでもって何かに取り組んだことは、私にあっただろうか?と自分の人生を振り返っても、思い当りませんでした。

ここ数年で一番のきらきらした美しさを、盗み食いする白黒猫さんに見せてもらった思いでした。

 

なので白黒猫さんの盗み食いを咎めるつもりはまったくなかったのですが、残念ながら私は掃除婦として、彼女が陣取るスペースに別のケージを移動させる必要がありました。

「ケージ動かすからそこどいてくれる?」

日本語で白黒猫さんに尋ねると、

「にゃーーーーーーい(カリカカリカリ)」

と口をもぐもぐした白黒猫さんからとっても良いお返事が返ってきました。

けれど、彼女は1㎜もそこから動きはしません。話しかけた私の顔を礼儀正しくじっと見上げつつも、おててはその動きをとめず、相変わらずひょいとカリカリをつかんでは、お口へと運び続けています。

「『にゃい』ってお返事したのに……どいてくれないのね」

「にゃ(カリカリ)---(カリカリ)---い?」

目は私のほうに固定しつつ片手で「ひょいカリカリ」を続ける白黒猫さんの手先の器用さと技術に私は唸るしかありませんでした。

けれどケージを動かさねばならないばかりに、彼女をひょいと抱えあげ、「にゃーーーお」と抗議されながらも盗み食いを中断せねばならなかったことを、私は少し残念に思い出します。

 

※働いていたのはこちらではないものの、ブログアップ直後にたまたまそっくりなシーンが流れてきたので、ツイートとお写真を拝借しております。 

ケーとなく白猫・白ちゃん

こちらは、昔、馴染みだった外猫白ちゃんの話。

 

白ちゃんは、「ケー」となく猫さんだった。

会社帰り、真っ暗な夜道を歩きながら白ちゃんの縄張りエリアに差し掛かる。

「今夜は、白ちゃんいないな……」

思いながら歩いていると、工事現場のブルーシートの下からぴょこっ!と顔を出す三角耳のふさふさした物体が。白ちゃんだ。

白ちゃんはにゅるにゅるとブルーシートの下から抜け出して、私のほうに駆け寄ってくる。

 

夜道で会うと、白ちゃんはいつも走ってくる。

なぜかいつも慌てて、走ってくる。

いつも慌てて走ってくるせいで、横隔膜が揺れ、なき声の「ケー」が

「ケケケケケ!」に変換されながら、走ってくる。

 

「そんなに焦らんでもよろしいがな」

思いながら、白ちゃんが駆け寄ってきてくれるのを、私は待っている。

私の父のどこがどうおかしいか説明するのはなかなか難しい

なかなか人と共有できない「現実」を生きています。私の父のどこがどうおかしいか説明するのはなかなか難しい。

 

20代後半の私が体を壊したときに父が病院の診察についてきたことがあった。ここまで書くと「普通にいいお父さんじゃないの」と思われるかもしれない。

 

もう少し説明する。

 

父が私と行動をともにすることなど、生まれて初めてのことだった。

子供の頃から、目すら合わせてもらったこともない。こちらが「お父さん」と呼んでも、完全に無視をする。父親とはいえ、そんな調子なので、彼とはなんの人間関係も築けていない。いわば、私にとって父はほぼ「知らない人」状態である。

その知らない人である初老の男性は、私が子供の頃からわけのわからないことで突然怒り狂う癖がある。

 

こう考えてみてください。知らない初老の男性(キレキャラ)が、自分の診察についてくる。この気味悪さが少しは伝わるでしょうか。

 

その診察にて、医師が、無農薬で野菜を作っている農家から野菜を分けてもらっていることなどを、あくまでも雑談の範囲で少し話してくれた。私は父がいつキレるかはらはらしていたが、なんとか父はキレることなく診察が終わった。

 

が、しかし、父の「キレ」は、帰宅後起こった。

「おい、お前、あのセンセイがどこから野菜仕入れてるか、聞いてこい」

酒を飲みながら、父が言う。

あまりに突拍子もない発言に、なにをどう解釈すればいいかさっぱりわからず、こう聞くのが精いっぱいだった。

「なんで。」

「なんでとか理由はない。いいから電話して聞いてこい」

「理由ないのに聞けないからいやです。」

「なんでお前はそうなんだ!気が利かない!ちょっと聞くくらい大丈夫だし時間もかからない!センセイも教えてくれるだろ!」

 

私は、父に、以下のように説明した。

①なぜそんなことが知りたいのか?それがわからなければ私にはどうすることもできない。

②知りたい理由があったとしても、私も医師のプライベートを無遠慮に聞くことなどできない。

③それでもどうしてもというなら、ご自分で電話して聞いてみればいいんじゃないか。

ということをジュンユンと含めて諭すように父に説明する努力をした。

 

当然、知らない初老のキレキャラ男性(アルコール中毒)に、私の話など通じない。

 

「知りたい理由などない!センセイはそれを教えてくれるはずだし教えるべきだ!そしてそれをお前が聞くべきだ!」の三点張りである。

 

酒を片手に父は喚き散らす。母親も、私が父の願いを聞きいれないとんでもないケチで性格が悪いと罵倒する。

 

私が間違っているのだろうか?世間はどう考えているのだろう?

それを知るために次の診察時に、医師に直接、野菜の件を聞いてみた。野菜は個人的にわけてもらっているもので、その農家の名前を公にしていいかわからないので、教えられないと医師は言った。当然だと思った。

 

それを聞いた父は、酒瓶を手にもったまま、再び怒り狂った。

これであきらめるかと思ったが、なんと父はいきなりその医師のところに電話をかけて、野菜のことを聞いた。案の定、医師には断られたようだった。

「不愉快だ!あいつはセンセイでもなんでもない、お前はもうあんなところにかかるな!」

 

酒のしずくが飛び散る。その飛沫が自分にかからないように、顔をそむけた。

 

不愉快なのは私のほうだ。

 

不愉快どころではない。自分で医療費を払い、通い続けている医師と私の間にできつつある人間関係と信頼関係に便乗して自分のくだらない我を通そうとする。わずかながらできつつあった私と医師の関係を踏みにじり、壊す。私の社会的信用までも、奪いさる。知らない初老の男性がした行為とは、つまりそういうことだった。

 

この一連の出来事は、私の胸を、なによりも、恐怖でいっぱいにした。

 

意味の分からないことを主張し、自分だけが世の中すべてを理解している、自分の言っていることだけが正しくて世界中が間違っていると怒鳴り続ける酔っ払い男性が、目の前にいる。そして、その酔っ払いをほめたたえ「あなたの言う通り」ともちあげ、ますますつけあがらさせる女性が、そいつの隣にいる。

 

この人たちは自分の両親ではないと思いたかった。けれど、現実は。

 

知らない人たち。こう考えるのが、一番しっくりくる。これが私の現実。

 

けれどこの現実は、恐らく経験したことのない人にはなかなか想像できないものだと思う。だから、私は人と共有するのが難しい現実を生きている、ということなのだろう。