旦那がラブドールを隠し持っていて許せません ※フィクションです

※フィクションです!!

 

41歳の専業主婦です。先日、旦那がラブドールを隠し持っているのを見つけてしまいました。

 

 

タケオ、a.k.a.カルロス、こと、うちの旦那は、私と同い年の41歳の会社員です。旦那が勤めるのは零細企業のため、我が家の年収はあまり高くありませんが、私たち夫婦は子どもを授からなかったこともあり、私が専業主婦のままでも今までなんとか暮らせてきました。

 

先日、旦那が仕事に行っている日中、掃除をしようとクローゼットを開けました。そのクローゼットにはほとんど旦那のものしか入っていないので、私もたまにしか開けて見ないのですが、その日は奥のほうに見慣れない大きなキャリーケースが置いてありました。

 

旦那の携帯を見たりは絶対しない私ですが、この大きなキャリーケースを見たときは胸騒ぎがしました。ケース全体からまがまがしいオーラのようなものを感じたのです。

 

旦那の私物を勝手に開けて見ることに抵抗はありましたが、そのケースを少しだけ開けて中を見たところ「ひっ!」と叫び声が出てしまいました。

 

中には人間そっくりの等身大の人形が入っていたのです。人間そっくりで今にも動き出しそうに精巧にできたものでしたため、人形だとわかるまでに数秒かかったほどでした。

 

結局クローゼットからケースごと引っ張りだして人形をよく見て、触ってみて、おどろきました。人形の肌は透明感があってすべすべしていて、だけど適度に温かみのある質感といいますか、バービー人形のようなプラスチック感は一切ありません。皮膚の下の血管まで透けてみえるようで、人形とは思えないほど。今にも息をして動き出しそうなんです。

 

人形の顔はまるで10代の少女のようにあどけなく、女優の堀北真希さんのようです。

 

体つきも少女のように華奢です。それなのにバストはかなり大きく、おそらく100㎝くらいはありそうです。触ってみると、ほよほよと柔らかく、かつ、ずっしりとした重量感もあり本物のバストみたいです。いえ、本物よりも(少なくとも私のよりは)美しいバスト、というべきでしょう。

 

けど、そこが所詮作り物だなあ、とかんじました。体つきと顔が少女なのに胸は成熟しているだなんて、あざとすぎますよね。

 

最初は、「なんてよくできた人形なんだろう」と感心すらしていました。

 

しかし、フィギュアなどを集める趣味があるわけでもない旦那が、なぜ突然人形(しかも等身大!)を買ってきたのか、そしてなぜそれをクローゼットの奥深くに隠すようにしていたのかが腑に堕ちません。

 

そこで旦那が帰ってくるまでに彼のパソコンの閲覧履歴をチェックし、人形の販売サイトを突き止めました。等身大の人形は「ラブドール」というものであることを知りました。販売サイトにはうちにあるのと同じ堀北真希似の人形が載っていたので間違いありません。

 

ラブドールというものは、男性がみだらな行為をするために買うものであること、そしてその価格が安くても40万はすることなどをそのサイトから知り、今、私は怒りが収まりません。

 

まず、相手は人形であると分かっているのですが、同じ屋根の下に堀北真希がいて、夜な夜な旦那の性のお相手をしている……と考えるだけで鳥肌が立ちます。堀北真希には罪はありませんが、今にも彼女(人形)を包丁でめった刺しにしてやりたいくらいです。

 

さらに、堀北真希のお値段は、旦那の一カ月の給料よりも高いことにも怒りが抑えきれません。私は今までなんのために毎月乏しいお給料の中からやりくりしてきたのでしょう?おそらくカードのリボ払いで買ったと思われますが、利息は高いです。私が毎月安い食材を買うために何軒もスーパーをはしごしているのは堀北真希を買うための高い利息を払うためではないのです。許せません。

 

やはり私たち夫婦に子供がいないのがよくないのでしょうか?私が子供を産めなかったのがいけなかったのでしょうか。

 

子どもを授かれなくても、旦那と2人の家庭を守って幸せに暮らしていければと願い、毎日掃除や洗濯料理にとこの20年近く一生懸命尽くしてきました。けれども、いつの間にか中年のババアになってしまった私よりも、旦那にとっては、(堀北真希似でバスト100㎝とはいえ)ただの人形のほうが価値があるとでも言うのでしょうか!? 我慢なりません。

 

心の狭いこととは思いつつも、旦那も堀北真希も許せません。

 

もう何を信じればいいのかわかりません。怒りと悲しみで混乱し、ただただ情けない思いでいっぱいです。

 

私は旦那と今後どう接していけばいいでしょうか?どうかご助言いただければ幸いです。

 

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 ※私はむしろ自分用の観賞用にラブドールをお迎えしたいなと時々考えます。一体おいくらくらいなのか調べたことがある程度にはお迎えしたいです。が、価格面と部屋のスペース上の折り合いがつかずお迎えはできておりません。

 

※とはいえ、もし自分の旦那がガチ目的のラブドールを隠し持っていたら……と想像していたら「許せない!」「ラブドールと同じ屋根の下には絶対住みたくない!」「悲しい!」という気持ちが抑えきれなくなってしまい、自分でも驚きだったので、このエントリを書きました。旦那がラブドールを隠しもっていた41歳専業主婦になりきって書いたので、今も悲しくてたまりません。

 

※私は結婚してませんし旦那もいません。タケオa.k.a.カルロスはエア旦那(想像上の旦那)として存在します。

大人のアトピーは「カキピー」である?

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この記事で紹介した本に

解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記』(坂根真実・KADOKAWA/角川書店

 アトピーに関する興味深い情報が載っていたのでシェアします。

 

haguki-lovey.hatenablog.com

 

『解毒』のあらすじ

 

 解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記

のあらすじを少し。

エホバの証人信者の家に生まれた著者。

彼女は信者男性と結婚、DVに遭ったため離婚を決意。

しかし離婚は認めない宗教ゆえ、所属していた教会から

「排斥」されてしまう。

「排斥」されると、母親や仲のよかった姉からでさえ

「口をきいてもらえない」・「死んだものとして扱われる」

といった制裁を受ける。

そうした状況の中、著者はアトピーを発症、入院する。

その病院の医師からこんなレクチャーを受ける。

 

大人のアトピーは「カキピー」

本文から引用しますね

僕はね、大人のアトピーは、アトピーじゃなくて『カキピー』なんだと言っているんです。赤ちゃんの頃や子供時代のアトピーと、成人してからのアトピーは、性質が違うんです。」

(略)アトピー性皮膚炎は、通常、成人する頃には治癒する病気である。成人の場合、ストレスをため込み、我慢の末に爆発すると、痒くなって掻いてしまう。これが『カキピー』の正体なのである。『カキピー』は辛い病気だが、心の声を駄弁してくれるという意味ではありがたい存在である。私は、子供時代にアトピーが出たことはなかったので、成人後に心理的要因から『カキピー』を発症していたのだった。

解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記坂根真実・KADOKAWA/角川書店

 

 つまり、この医師によると、

大人のアトピーはストレスが原因なのだそうです。

 

腑に落ちる「カキピー」説

 

私も、子供の頃はアトピーになったことがなかったので

いい歳になって突然アトピー発症したときは信じられませんでした。

 

初めて首のあたりに発症したときは

あせもだと思ってずっと放置していた。

症状がひどくなり皮膚科に行って「アトピーです」と言われても

「いや、これは蕁麻疹だから……私はアトピーじゃないから……」

と否認していたw。

 

けれど、「カキピー」の部分を読んで、

腑に落ちました。

 

当時「カキピー」の説明をうけていたら

自分がアトピーだということを

素直に納得できていたかもしれないなぁ、と思いました。

 

PTSDと毒親とわたし

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子どものころから人間らしくない家庭で育ったので

自分がPTSDやうつであるなら、その原因は

子ども時代のことにまでさかのぼる必要があるのかと

ずっと思い込んでいたんですね。

 

子供のころのことにまでさかのぼって思い出そうとすると

当事者でありながらも

「こんな昔のことにとらわれている自分って一体……」

と情けなくなって、嫌な思い出を封印してしまいがちです

(PTSDは何十年もたってから発症するので

本当はそんな風に思わなくてもいいんですけどね)。

 

けどよく考えたら、私の今のPTSDは子どもの頃のできごと

プラス

約10年前に起こったできごと

が原因なのかも、と気づきました。

 

10年前病気になり、両親に実家に戻ってくるように言われ

そのとおりにしたせいで辛い日々でした。

うかうかと両親の言う通りにしてしまった自分を呪いました。

1mmでも両親を信用してしまった私はなんて馬鹿なんだ、と。

 

その時の辛かった経験を私は未だにひきずっています。

宿谷麻子さんの日記を読んで

麻子さんが両親に監禁されていたときの様子と

自分の10年前の両親との生活が非常に似ているように思いました。

 

私はこれまでも10年前のできごとは

「両親による軟禁」のようなものだ思っていました。

もちろん宿谷さんのように路上で拉致されて

アパートから一歩も出られない悲惨な状況とは

比べるべくもないぬるい環境です。

 

けれど、私にはその10年前の両親との同居が毎日とても辛かったんです。

 

10年経った今でもその時のことを夢に見て

寝言で怒鳴ったり、周りのものを蹴ったりしています。

 

とは言っても、客観的に表現すれば

「両親と同居していた」ただそれだけのことです。

ただそれだけのことを

ちょっとおおげさに考えすぎなだけなのかもしれない、と

自分を責めていました。

 

辛いんだけど、辛いと思ってしまう自分に罪悪感を抱いてしまう。

 

けれど宿谷さんが監禁されていた様子を拝読し

その後の宿谷さんの苦しまれている

PTSDやアトピーの症状まで自分とそっくりなのを知りました。

「ああいう経験をしてPTSDやアトピーになるのは

私だけじゃないんだ!」

そう思えたことで自分の中で10年前の生活をとらえなおすことが

できるようになった気がします。

 

宿谷さんが監禁されていたときのようすは

ぜひ↑のリンクから読んでいただくとして、

私の10年前の生活はこんな様子でした

 

基本的生活習慣編

  • トイレに行こうとすると後ろから突き飛ばされるので行きたいときトイレに行けない。
  • トイレに入っていると、ドアをけられる・怒鳴られる
  • 風呂に入っていると、ドアをけられる・怒鳴られる
  • 風呂に入っていると鍵をかけていても入ってきて湯船をのぞき込む
  • 歯をみがいていると怒鳴られる
  • 郵便物は全て開封して見られる
  • 寝ていると急に部屋に入ってき、布団を踏んで私の体をまたいで部屋の中を歩き回る
  • 寝ていたら部屋のドアを蹴られる
  • 朝起きると「男がいるんじゃないか」と布団を踏まれる
  • 食事をすると怒鳴られる
  • 洗濯すると怒鳴られる
  • 自転車のると怒鳴られる
  • 通帳を持ち出される
  • 「銀行の暗証番号を教えろ」と電話で怒鳴られる
  • 豆と麹菌から仕込んだ熟成中の手作りみそを捨てられた

 

暴言編

  • 「家族であんただけ精神が腐っている」と言われる
  • 「自分の荷物は全部捨てて、畳一畳のスペースで暮らせ」と言われる
  • 「結婚するときに結納金を払わないと許さない」と言われる(結婚の予定なし)
  • 「何人とヤッたらそんな病気になるんだ」と言われる

 

制裁編

  • 私のぶんだけ食事がない(それは構わないが、制裁的意味合いに腹が立つ)
  • 気づいたら私以外で家族旅行に出かけており、車もなく食料を調達できなかった
  • 無視される、目を合わせてもらえない
  • 挨拶ができてないなどと言われ、やり直しを要求される
  • よその人との電話や公共の場で貶められる

 

病気編

 

番外編~未だにムカつく

うそをつかれて自分の誠意を利用される

  • 電話で親戚などに私に関してうそばかり言っている
  • 図書館に本を返すよう頼まれ引き受けたら何年も返却が遅れている本で、私が係りに怒られた。家に帰って怒ると「そんなの聞き流せばいいじゃない」ととぼける
  • 買い物に付き合ってと頼まれて着いたところは筑波山だった(当方ノーブラ・サンダルばき)
  • 服を買ってあげると言われ一緒に出掛けたら馬喰横山の問屋街(一般には売ってくれない)を延々歩くはめに。腹が立ったので帰ったら制裁を受けた。未だに乗っている電車が馬喰横山の駅をとおりすぎるだけで腹が立つ(フラッシュバック)!

 

その後一人暮らしをするようになっての症状

  • 不眠
  • アトピー
  • 食欲不振
  • パニック障害
  • 物音におびえる
  • お隣が鍵をかけたりあけたりする音がすると怖い
  • 車が駐車場に入ってくる音が怖い
  • 男性の声・女性の声が怖い
  • 密室に人といると吐き気がする
  • カフェなどで私の他に男性客だけだと吐き気がする
  • 男性が息をする音が怖い
  • 歯磨きするたびフラッシュバック
  • 食事すること自体がイヤ(フラッシュバック誘発するから)
  • トイレに入るのが怖い
  • 電話の音に飛び上がって驚いてしまう
  • 人と会話するのが難しい。イライラする。
  • 人と食事をするのが難しい。怖いしイライラする。
  • 悪夢を見て、寝言で怒鳴る。自分の怒鳴り声で目が覚める。
  • 悪夢を見て、寝ていながらその辺にあるものを蹴ったり投げたりする。
  • 常に疲れている
  • 解離していて昨日やったことを今日繰り返してしまい二重手間になる
  • 日々、吐き気

 

まとめ

とくに着地点はないです~。すみません。

ちょっとずつ軽くなってはいますが、10年経っても未だに「その後一人暮らしをするようになっての症状」が出ています。

上のリスト書いただけで、今ものすごい吐き気に襲われています。

ザッツ・PTSD!

 

PTSD、カルト脱会、毒親問題を抱える人はアトピーになる!?

ここしばらく元・カルト2世やカルト脱会者の本やブログばかり読んでいる。

 

解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記

 

↑の本や

こちらのサイトを拝読

 

『月刊現代2004年11月号』の『書かれざる「宗教監禁」の恐怖と悲劇』(米本和広)http://www5.plala.or.jp/hamahn-k/gendai.htm

 

 

その結果、1世でも2世でもカルトを脱会してPTSDを発症している人と

私の症状はとてもよく似ている、とわかりました。

カルトを脱会してもPTSD発症していない人には

あまり共感する部分はなかったですw。

 

よく考えたら、私の診断名はPTSDなんですよね。

今まで「うつ、うつ」とばかり言ってきたのは

わかりやすく言ったほうがいいと思ったからです。

PTSDってわからない人も多いのではないか?と思い。

 

けどあっし、じつはPTSDなんですよ(←無駄情報)。

 

PTSDの症状のひとつにうつがあるから、

まあ同じようなものだし、と今までおもってきました。

個人的にあまり診断名にこだわらないタイプなので

別にどっちでもいいやとも思っていました。

 

けど、PTSDの方の手記を読んでみると、

うつ病の方の手記を読むよりも

はるかに自分に似ている部分が多くてびっくりしました。

 

今後はPTSDを名乗っていったほうがいいかもとも思いました

(どっちでもいいっちゃいいんですが……)。

 

↓ 上記米本さんのルポの主人公宿谷麻子さんの日記です。

この日記は、まさに私の症状そのまんまで、さらに驚きでした。 

夜桜の苦悩4

 

例えばアトピー

宿谷さんも、『解毒』の坂根 真実さんも、大人になってから

カルトを脱会し、親とのごたごたを経験したら

突然アトピーになられているんですよね。

 

親とのごたごたは大人のアトピーを引き起こすのかもしれない。

 

すっかり忘れてたのですが、

私もアトピー出ましたよ。大人になってから突然。

親とごたごたしてた頃の話しですが。

 

 

首から背中、胸元がアトピーになり、毎日膿んで血が出てました。

寝てる間にがまんできずに肌を掻き壊しちゃうから、

朝起きると、膿と血でパジャマが肌に張り付いてるんですよ。

それをバリバリはがして、毎朝出勤していた。

 

背中もアトピーでいつも血がでてたから

ブラジャーを着けられなくなったのはそのころからです。

 

首もとが一番ひどかったので、その時期以降

ネックレス類はつけられなくなりました。

 

あと会社の首からさげる名札。

ちくちくして首のアトピー悪化するし、拷問ですよあれは!

誰が発明したんだ!

 

ステロイドは嫌だったし、自分がアトピーという意識も

薄かったので

(花粉症のようなもので、大人になってからなる病気って

なかなか認めたくないんですよね)

病院に行ったのはかなりひどくなってからでした。

最強レベルのステロイド軟こうを処方され

それを分厚い「リント布」というやつで覆ってました。

 

「リント布」も私の患部が広すぎて

通常サイズでは足りなかったので、

問屋から買うように薬局に言われてしまい

問屋街を「リント布」を求めてさまよいました。

(今だったらネットで買っちゃうけど)。

 

今でも小規模にアトピーは出ますね。首もとや腕に。

 

自分の中では、アトピーが親とのトラウマや

PTSDと関係してるという認識がなかったので、

10年くらいたった今ではほとんどアトピーの記憶を

封印してました。

 

いつしか、なんで自分がネックレスを着けられなくなったのか、

その理由すら忘れてました。

 

イレギュラーで説明のつかない記憶って、

どこに分類したらいいかわからなくて

封印しがちなんですよね。

 

自分の中では意味不明だったアトピーの記憶が

PTSD、家族問題がらみだったということで

点と点が結ばれてすっきりしました。

 

 当時mixiに自分のアトピー写真をアップした記憶があるなー。

あのデータどっかに残ってるかな。

『我らの不快な隣人 統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇』(米本和広・情報センター出版局)

世界の中にいて安全であるという感覚、すなわち<基本的信頼>は人生の最初期において最初にケアしてくれる人との関係の中でえられるものである。(略)恐怖状況において人びとはおのずと慰藉と庇護の最初の源泉であったものを呼び求める。傷ついた兵士もレイプされた女性も母を求め、神を求めて泣き叫ぶ。この叫びに応答がなかった時に基本的信頼感は粉々に砕ける (p.125)

 

親が自宅で懇懇と説得して脱会した場合、信仰を捨てるだけの話しです。しかし、親による拉致監禁は信仰をはく奪するだけにとどまらず、信者が入信する以前から培ってきたもの、人格といえばいいのか、信仰の土台である人間としての根源的な部分まで根こそぎはく奪する行為なんですよ。 (p.218)

 

「他人のしたことなら忘れられるが、家族のしたことは忘れません」「両親に対して、レイプした相手に対するような感情を持っている」 (p.219)

 

『我らの不快な隣人 統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇』(米本和広・情報センター出版局)より

 

我らの不快な隣人―統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇

 

 

ある日、目覚めると、巨大バウムクーヘンのような大きくて厚みがある(しかしバウムクーヘンなんかよりずっと硬い)枷のようなものが、脳みそからぽこっと外れたような感覚がある。マインドコントロールが解けるってきっとそんなかんじ?

 

Jの証人の勧誘 忠実な子供だったワタシ編

 

Jの証人発祥のとある国に住んでいたことがある。

 

日本企業の海外駐在員に帯同する家庭は

学校入学や病院の問診票作成などあらゆる書類作成時に

「信仰する宗教」を申告する必要がある。

 

キリスト教ヒンズー教イスラム教、仏教、その他。

 

そのリストから該当するものにチェックを入れる。

 

「仏教」って書きなさい!

書類を作成するたびに母に怒鳴られた。

母は私に何かいうとき、いつも怒鳴る。

 

私には自分が「仏教」を信仰しているなんて実感がなかった。

 

先祖のお墓が仏教の寺にあることは知っていたが

そこに行ったことはなかった。

機能不全家庭だからお墓参りに行ったことがなかったのだ。

 

顔見知りのお坊さんもおらず、

お坊さんエンカウントがゼロな私には

仏教の具体的なイメージがわかなかった。

 

私にとっての神さまのイメージ、

それはお地蔵さんだった。

もしくはおじいちゃんに連れられてお賽銭をいれた神社。

竹林に囲まれていて清浄な空気が好きだった。

 

お地蔵さんて仏教なのか?

なんか違う気がしたけど自信がなかった。

神社は確実に仏教じゃないよね?

じゃあ「その他」になるのかな?

 

けど

「『仏教』にしろ、『その他』なんかにしたら

どんな目で見られるかわからない」

そう母が怒鳴るので「仏教」にチェックを入れた。

 

駐在員家庭は「仏教」にチェックを入れるよう

企業から指導されるらしいと知ったのはもうすこし

大人になってからだった。

 

現地で住んでいた家にはJの証人がときどき勧誘にきた。

両親にかわっていつも私が対応をさせられた。

うちでは面倒くさいことは常に私がやらされる定めだった。

 

そのうちのひとりのご婦人が記憶に残っている。

 

「こんにちはJの証人です。私たちのミーティングに来ませんか」

その日、うちのチャイムを鳴らしてやってきたのは

花が大声で主張しているような

お洋服をお召しのご婦人だった

(Jの証人が花柄を着るのは

世界共通なのだろうか)。

彼女の顔には「おだやかな微笑」と自身で命名し、

日々使い込んでいるかのような

型にはまった微笑が浮かんでいた。

 

 

「けっこうです、ありがとう。我々は仏教徒ですから。」

母親に「仏教徒だと言って断りなさい!」と

どやされたとおりに、精一杯の英語で私は対応した。

 

するとご婦人は、それまでの「おだやかな微笑」から

「哀れみ」と命名されているかのような

表情にかちりと顔面を切り替えてからこう言った。

 

「あなたはかわいそうな人ね」

 

ぽかーんとした表情を浮かべるわたしに

彼女はなおもこう言った。

「ミーティングには日本人も来るわ。

あなたたちも来るべきよ。」

 

目の前のご婦人よりも

母親に折檻されるほうが怖かった私は忠実にくりかえした

「けっこうです、ありがとう。我々は仏教徒ですから。」

 

そう言ったところ彼女の表情が再びかちり!と切り替わった。

今度のは、

「阿修羅」と異教徒である私なら命名したいような

おそろしい表情だった。

 

「この世が終わってあなたが地獄に行くときに

後悔するわよ!」

ご婦人が興奮して、はぁはぁ息を荒げているのが

不気味だった。

 

「えっと、我々は仏教徒なので……」

この世が終わって地獄に堕ちるなんて初耳だったが

バカの一つ覚えで繰り返した。

 

どのみち私が地獄に堕ちるには

この世の終わりまで待つ必要もないのだ。

目の前のこのご婦人を玄関から追い払う

任務に失敗すれば早々に

私は母によって地獄に堕ちることになるのだから。

 

「もういいわ!」

何度かの不毛なやりとりの末、

ようやくご婦人はくるりと背をむけて

帰っていき、二度とうちを訪れることはなかった。

花柄が怒る彼女の肩のあたりで

笑っているように揺れていた。

 

当時はナニ言ってるのかよく理解できなかったけれど、

彼女から見れば私は

「サタンにとり憑かれた子供」

だったんだろうな。

 

彼女が一生懸命私をミーティングにいざなおうとしたのは

私が地獄に堕ちないようにという

ある種の親切心だったんだな。

 

私自身も大人になり、

「親切な人に見られたい欲」というのが

分かるようになった今、

思うのでした。

 

Jの証人の勧誘 薄汚い大人のワタシ編

寝込んでいて、人間と2週間くらいしゃべらないでいたんですが

「今宗教の勧誘がきたら、入信してしまいそうだ」

と弱気になっていました。

 

私に宗教団体に属することなど

つとまるわけがありません。

けど心が弱くなると身の丈に合わない希望を

抱くようになるのです。

 

なにかにすがりたい。

宗教に入信すれば楽になるのではないか、と。

 

先日書いた「誰かに全肯定してもらいたい」欲

が私にはあります。

それをこの瞬間

空想上の宗教に求めてしまいました。

 

そんなときピンポンがなったんですよ。

宅急便を待っていたので、判子を手に勢いよくドアをあけたら

ご婦人が立っておられました。

 

「こんにちは、Jの証人なんですけど~」

花柄花柄したお召し物を着たそのご婦人はそう仰いました。

 

覗き穴から確認せずにドアを開けたことを

後悔する自分がいました。

 

「結構です」

考えるより早く、

私の口からはよどみなく拒否の言葉が出てきました。

さっきまで宗教に入信することを検討していたことも棚に上げ、

かなりのスピードでドアを閉めながら。

 

「冊子があるので差し上げます~」

という彼女の声がドア越しに聞こえてきましたが

「だいじょうぶです」

とさらにドアを閉めながら冷酷に言い放ち

ガチャリ・ガチャリと鍵とチェーンをかけました。

 

私の行動は自分の心の冷たさと

ドアに来られた方への全否定を

はっきりと映し出すものでした。

 

こんな私が

なにものにも全肯定されないのも

当然でございます。

 

Jの証人の方々がそれ以上深追いしてこなかったことに

 ほっとした自分がいましたが

自分より年上のご婦人の眼前でぴしゃりとドアを

閉めることの後味の悪さたるや。

 

私は罪悪感にかられました。

 

わたしはアルコール依存症の両親をもつ

機能不全家庭に育ったACですからね。

罪悪感にかられやすいんですよ。

 

罪悪感を抱いた理由には、

勧誘が悪質じゃなかったこともあります。 

「Jの証人です」と正面から

堂々と名乗っては拒否されることも多いことでしょう。

 

むかし

コンサートに行こうと言われて友人についって言ったら

宗教の勧誘だったことがありました。

少し前は「手相の勉強してるんです」と

よく声をかけれれました。

 

勧誘の基本は自分の正体を隠し

「これは勧誘じゃないんです!

知ってもらいたいだけなんです!」

と言うことのはずだけど

今回はそういったことは何も言われませんでした

(言われる前にドアを閉めてしまったのも

ありますが)。

 

 

あまりに冷たくドアをしめてしまったことに

罪悪感にかられて「Jの証人」で

いろいろ検索して『昼寝するぶた』というサイトに辿り着けたのは収穫でした。