PTSDとフラッシュバック
私の主な症状は、PTSDとフラッシュバックなんですね。
PTSDは、心の傷になるような出来事が起こったあとに出てくるストレス症状。
フラッシュバックは、その心の傷になるような出来事を、あたかも、今、体験しているかのように錯覚してしまう症状。
いえいえ、私もそんなにPTSDやフラッシュバックの仕組みについて詳しく知っている訳でもないんですよ。
だからほんとはこんなふうにしたり顔で、「PTSDとはぁ~」なんて書けないんです。
自分の症状や、聞きかじったり読んだりした情報をつなぎ合わせて、なんとなくこうかなぁ?って発見したことなんかを、蓄積していってるだけなんです。
私のうちには炊飯器がありません
たとえば、こんなことがあったんですよ。
友人の家で、ご飯を炊く機会があったんですね。
私の家には、今、炊飯器がありません。10年前に、自分で稼いだお給料で買った炊飯器は、5~6年前に壊れてしまいました。
普通に買い換えよう、って思ったんです。
けど、何週間かたって、それが一年になって、さらに数年が経過しても、なぜか、炊飯器を買い替えませんでした。
自分でも、「あれ?なんで私、炊飯器買い換えないの?」と不思議に思いつつ、「まあいいか。」で済ませていました。
だから、私の家には炊飯器がありません。
炊飯器のスイッチを押したところ
友人の家で、炊飯器のスイッチをピッと押したんですけど、その行為すら、5~6年振りのことでした。
炊飯器のスイッチをピッと人差し指で押した瞬間、怒鳴り声が聞こえたんです。
あたかも、今、誰かに怒鳴られているかのように、鮮明に、怒鳴り声が聞こえました。
けどね、誰も怒鳴ってなんかいないんですよ。
友人はニコニコしているし、部屋はあったかいし、好きな音楽がかかっていて、良い匂いのするアロマなんかの香りがして。
けどね、私にとって、その瞬間の「現実」は、「素敵な音楽や香りのするあったかいお部屋」じゃなかったんです。「誰かに怒鳴られている」。それこそが、その瞬間の私の「現実」だったんです。
フラッシュバックとは
誰も怒鳴ってる人なんか、いないんですよ?
怒鳴ってる人、怒鳴り声は、私の脳の中にいるだけなんです。私の海馬にいるらしいです。主治医からの受け売りです。
怒鳴り声が、「炊飯器のスイッチを押す」という行為によって、まるで音楽プレーヤーの再生ボタンを押したかのように、再生されてしまった。
背筋が凍りました。
これが、フラッシュバックです。
そしてストレス症状
炊飯器は、一生懸命お米を炊いていました。
ときどきカチッ・カチッという音を出し、やがてプーッと蒸気なんかを吹き出しながら、がんばってお米を炊いてくれました。
私にはわからないことですが、多くの人なら、ご飯が炊けている=「あたたかさ、安心、家庭、おいしいご飯」なんかを連想するのでしょうか?
私にはわからないんですよ。だって、私にとっては、ご飯が炊けている=「恐怖、苛立ち、誰かの怒り、それにどう対処していいかわからないくておろおろする」などだから。
どれも、ろくな感情じゃありません。できるなら、感じたくない感情たちです。
炊飯器を買い換えなかった理由
炊飯器がカチカチ音を鳴らしながらお米を炊く音と共に、フラッシュバックで再生される怒鳴り声は、ますます勢いを増していきました。
それと共に、「誰かが私に向ける怒りや苛立ちの感情」までもフラッシュバックしてきました。
私はずっと怒鳴られている状態だし、誰かが私にたいしてものすごく怒っていてイラついているし、そして、どうやったらその怒鳴り声や怒りが収まるのかわからない。そもそも、なんで怒られているのかわからない。おろおろしながら、心臓はばくばくしてるし、手には変な汗をかくし、呼吸が浅くなってはぁはぁして苦しい。
そのとき、ようやく理解しました。
「ああ、私にとって、炊飯器とは、お米を炊くものじゃなく、フラッシュバックを引き起こす装置なんだ。だから、ずっと買い換えなかったんだ。」
誰の怒鳴り声?
賢明な読者のみなさんならもうお察しのとおり、怒鳴り声とは母の怒鳴り声であり、私に向けられる原因不明の怒りとは母からのものです。
子どものころ、母はいつも苛立っていた。その苛立ちは、夕飯の支度をするときにMAXになるようでした。
夕飯の支度をする度に、母は私に対して怒り狂っていました。
私はなぜ母を怒らせてしまうのか、苛立たせてしまうのか?その理由がわからなくて、母が怒らないように、ありとあらゆることをしました。
その努力もむなしく、いつも母は怒っていました。
母のご機嫌をとることに、私は、ことごとく失敗しました。
母にとって、私は失敗作です。
母にとっての失敗チャイルド、失望チャイルドである、私。
失敗作である限り、私がなにをしようと、それは母の目からは失敗であり、失望の種でしかないのです。
ない知恵をしぼって母の怒りが私に向かわないように頑張るたびに、それは却って母を苛立たせる原因になりました。そして、思い知らされるのです。
「失敗作のクズがいくら機嫌とろうとしたって、無駄なんだよぉ!」
PTSDやフラッシュバックは、自覚するのが難しい
夕飯の支度の度に母が上演する『得体の知れない怒り』という題名のオペラの通奏低音として、炊飯器がお米を炊く音がいつも聞こえていたわけですね。
だから私は、成人してからも、炊飯器がお米を炊く音を聞くたびに、嫌だったんだと思います。
親から逃れて、住所も隠して、自分で稼いだお金で借りた部屋の中、一人で電気屋さんで買った炊飯器でお米を炊くたびに、おそらく、嫌な気持ちになっていた。
けど私はそれを自覚していませんでした。
だってさぁ!
嫌なことなんて、腐るほどあるわけですよ!
目の前にある問題に対処するために自分の全エネルギーと思考力を使っていたので、お米が炊けるときにフラッシュバックする諸々を吟味している暇がなかったのだと思われます。
これもPTSDとフラッシュバックの性質の一つで、本人にはぜんっぜん自覚がない場合が多いんです。だから治療がなかなか進まないんですね。
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テーマ曲
深い意味はないけどテーマ曲。この曲はLauryn Hillのカバーばっかり聞いているので、Boys Town Gangの方はどんなだったかなーって思って。