おかあさんがにやにやにやにや笑うから、はるちゃんは不安でいっぱいでした。ザク、ザク。おかあさんは笑いながら、はるちゃんの髪の毛を切っていきます。おかあさんの目は膜がかかったようにぼんやりして、口元はだらしなくにいっと笑ったままです。
「ほら、できた!」
おかあさんは顔ぜんたいでにやにやしながら、ようやく鋏をおきました。
はるちゃんは、ぴょん!と椅子から飛び降りると、急いで玄関の鏡を見に行きました。
鏡を覗き込んで、びっくりしました。映っていたのは、てるてる坊主みたいな頭の、はるちゃんでした。
幼稚園には、こんな髪型の女の子は一人もいませんし、男の子でさえこんな短い髪の毛の子はいません。
「一休さんと同じ……」
はるちゃんの目に、涙がじわっと溢れました。そのまま台所に行って
「こんなん、いや!」とおかあさんに抗議しました。
おかあさんはわらいながら、
「かっこいいわよ!それが、かっこいいのよ!あんたばかね、わからないんでしょ」
と言いました。けどはるちゃんは、騙されません。
おんおん泣き続けていたら、
「うっせぇよ、体ばっか大きくなりやがって、文句言ってんじゃねぇブスのくせに!」とおかあさんに頭を何回かぶたれました。
はるちゃんは部屋の隅っこで、壁にむかって声を出さずに泣きました。そして考えました。
(こんなあたまで、ようちえんにいけない。けどいかないと、ぶたれる。そうだ、これはぜんぶ、ゆめ、ってことにしよう。)
それからのはるちゃんは、起きているときも、寝たままでした。起きているフリをして毎日を過ごすのは、とても快適でした。ぶたれても痛くないし、「変な髪型!」と幼稚園でからかわれても、平気でした。
時々、鏡をみると、はっ、と起きてしまうことがあります。そんな時は、鏡を見ても「あれ、この子は誰だろう?」とわからなくなります。だから、鏡はぜったい見ないようにしなくてはならないのです。
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